第1345冊目 FBI捜査官が教える「しぐさ」の心理学 (河出文庫) [文庫] ジョー ナヴァロ (著), マーヴィン カーリンズ (著), 西田 美緒子 (翻訳)

FBI捜査官が教える「しぐさ」の心理学 (河出文庫)

FBI捜査官が教える「しぐさ」の心理学 (河出文庫)


胴体を傾ける


胴体は体のほかの部分と同じように、人が危険に気付くと反応し、ストレスの原因や不愉快なものから遠ざかろうとする。たとえば何かを投げつけられたとき、辺縁系が胴体に信号を送り、すぐにその脅威から逃れよう伝える。通常は、投げられたものの性質とは関係なしにこうした動作が起こり、進もうとしている方向に動きを感じれば、それが野球ボールでも動いている車でも、とっさに避ける。


同じく、感じの悪い人や嫌いな人の隣に立つと、その人から離れるように胴体を傾けるだろう。胴体は体重の大部分を占め、その重さは下半身にも伝わっているので、体の傾きを変えるにはエネルギーとバランスがいる。そのため、胴体を何かから話すように傾けるのは、脳が命じた結果だ。反応は正直だとみなせる。その姿勢を保つには、普段以上の努力とエネルギーが必要になる。前かがみでも、のけぞるのでもいいから、体の重心を意識的に中心からずらしたまま、しばらく我慢してみるといい。すぐに疲れてくるのがわかるだろう。ところが、脳が必要性を無意識のうちに判断したせいで重心のずれた姿勢をとっていると、ほとんど感じないし、気付きもしない。


私たちは不快に思う人から離れるように体を傾けるだけでなく、心地よく感じない人、または嫌気がさしてきた人からは、徐々に向きを変えていく。ワシントンDCのホロコースト博物館がまだ開館してまもなくのころ、私は娘を連れて行ったことがある。ワシントンDCに行ったなら、必ずこの博物館を訪れるべきだと思う。館内をまわりながら、私は老若男女が展示物にどんあんふうにして近付いていくかに注目していた。目標に向かってまっすぐ歩いていき、前かがみになって、細かいところを熱心に確かめる人もいた。ためらいがちに、またはゆっくりと少しずつ近付いた後、ナチス政権の残忍さが心に染みてくるにつて、またゆっくり少しずつ向きをかえて遠ざかっていく人もいた。目を覆いたくなるような内容に呆然とし、一八〇度身をひるがして背を向けると、友人が展示を見終わるのを待っている人もいた。彼らの脳が「手に負えない」と言ったので、体が反対を向いてしまったのだ。人類は、嫌いな人に実際に近付きすぎると体を傾けて離れようとするだけでなく、写真のように不快なもののイメージを目にしても体が傾くまで進化している。


人間の行動を慎重に観察するなら、遠ざかろうとする動作は突然、またはとても微妙に起こることを知っておく必要がある。体の角度をほんの二、三度傾けるだけでも、十分にマイナスの感情を表している。たとえば、気持ちが離れつつあるカップルの間では、体の距離も離れ始める。手を握ることもあまりないし、胴体が互いを避けるようにさえなる。並んで座れば反対側に体を傾ける。二人の間に沈黙の空間を築きあげようとし、たとえば車の後部座席のように並んで座らざるを得ない場所では、胴体ではなく頭だけを相手のほうに向けるようになる。