第1248冊目 学び続ける力 (講談社現代新書) 池上彰 (著)


学び続ける力 (講談社現代新書)

学び続ける力 (講談社現代新書)


アメリカ大統領に学ぶプレゼンテーション能力


二〇一二年一〇月、アメリカ大統領選挙を取材するため約一ヵ月アメリカに滞在し、全米各地を回りました。ここでプレゼンテーション能力の大切さについて、考えさせられました。


大統領選挙の華は、候補者同士の討論会。選挙戦中に三回実施されます。これが勝敗の鍵を握ります。


かつて一九六〇年の大統領選挙では、共和党リチャード・ニクソン副大統領が大統領選挙に出馬。対するは、無名に近かったジョン・F・ケネディ。このとき初めて候補者同士のテレビ討論会が実施されました。


ケネディは濃紺のスーツを着用し、テレビ用にメーキャップをして登場。ニクソンは薄いグレーのスーツを着て、メーキャップなしで臨みました。当時のテレビは白黒画面。濃紺のスーツは力強く映えたのにチアして、薄いグレーは候補者を弱々しく見せてしまいました。


当時のテレビ画面の解像度では、顔色などは、あまりはっきりわからないのですが、メーキャップしていた分、ケネディが健康的に見えました。二人の顔も対照的でした。ベテランのニクソンは、既成の職業政治家に見えたのに対して、ケネディは、既成の政治に挑戦する若者に見えました。


討論会の後、ラジオで二人の討論会を聴いた人たちは、ニクソンに軍配を上げました。ところが、テレビを見ていた人たちは、ケネディが勝ったと評価しました。テレビ映りが大切だ、ということが、この頃から認識されるようになったのです。


しかしその後、候補者双方が見栄えを気にして対策をとるようになると、討論の内容がより問題にされるようになりました。


二〇一二年一〇月の候補者討論会の一回目はコロラド州デンバーで行われました。ここで大逆転が起きたのです。


討論会直前までの世論調査えは、現職のバラク・オバマ大統領が、共和党ミット・ロムニー候補を大きく引き離して、選挙戦を優勢に戦っていました。ところが、一日目の討論会でロムニー候補がオバマ大統領を圧倒。支持率が一気に並び、調査によっては逆転されたのです。


どうしてオバマ大統領は、この討論会で敗北したのか。


オバマは、大統領としての威厳を見せようとしたらしく、ロムニーオバマ批判を鷹揚に受け止めました。これがアメリカ国民からは、「弱々しい」「自分の主張をしっかり述べられない」と受け止められてしまったのです。オバマ陣営の戦略ミスでした。


二回目の討論会は、ニューヨーク市の郊外の大学キャンパスが会場。私も取材しました。こちらは、「まだ投票相手を決めていない」という市民三〇人が選ばれ、二人の候補者に質問を投げかける形式で実施されました。候補者は、どんな質問が出てくるのか知らないまま本番に臨むのです。


ここで失敗したら後がない。オバマ陣営は、今度は徹底的な準備をしていました。


このときに特徴的だったのは、オバマ大統領が、前回とは打って変わって、攻めに出たことです。ロムニー候補がしゃべっている途中でも、「いや、それは違う」「嘘だ」と言って、割って入ってくるのです。


これが日本ですと、「大統領に威厳がない」「相手の話を遮るのは失礼だ」などとマイナスの反応が出そうですが、アメリカは違いました。討論会終了後、会場の傍聴者に感想を聞いたところ、ほとんどの人が、「オバマはアグレッシブで良かった」「オバマの勝ちだ」と答えたのです。世論調査でも、オバマの勝ちと評価した人が多数でした。


お国柄が違うというのは、こういうことなのですね。アメリカは、黙っていると、「話す内容のない人」と評価されてしまいます。「言わなくてもわかるだろう」ということが絶対に通用しない社会です。世界中からさまざまな人々が移住して出来上がった国家ですから、言葉を使って理解してもらうしかないのです。自己主張をしないと認めてもらえないのです。


言ってみれば、初回のオバマ大統領は、「威厳を保つために鷹揚と構える」という日本的なアプローチをして失敗。二回目は、アメリカらしい積極的な攻めに出て、勝ったのです。


三回目の討論会はフロリダ州で、外交問題に絞って討論が行われました。ここでもオバマ大統領は攻勢に出て、ロムニー候補を激しく批判。結果は、オバマ圧勝という世論調査結果でした。これでようやく、オバマ大統領が劣勢を挽回したのです。


日本人が国際社会でプレゼンテーションをしたり、自分の主張を述べたりするとき、こうしたアグレッシブな態度が求められるのです。


討論やプレゼンテーションの能力に秀でている大統領や大統領候補ですら、しっかりした準備をしないと失敗する。まして、不慣れな日本人であれば、より一層、事前の準備が求められるのです。