第1175冊目  ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫 [文庫]G.キングスレイ ウォード (著), G.Kingsley Ward (著), 城山 三郎 (翻訳)


ビジネスマンの父より息子への30通の手紙    新潮文庫

ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫


結婚を気軽に考えないで


結婚を考えている、と君が友人の話すのを小耳にはさんだ。私はその幸運なご婦人は誰だろうかと重いながら、笑いをこらえることができなかった。君のデートのお相手は会うたびに違っているからだ。


しかし、君がコンピュータみたいに「そろそろ私も結婚する時期です」と言うのを、笑って聞き流すことはできない。来月や来夏の話ではない、と君は言い切った。いますぐだと。思いがけないことを立ち聞きして、私は少なからず動揺している。君は結婚を何だと思っているのだろう? 友だちがみんな結婚したから、自分もすべきだと感じているのだろうか。それが流行なら、自分も飛び込んでみよう、というのだろうか。


たしかに、マルティン・ルターも言った。幸福な結婚ほど好ましい、友情に満ちた、魅力的な関係、交わり、あるいは共同生活はないと。私も同感である。しかし、結婚を気軽に考えてはけない! 結婚はある意味では、本来、自然の力による結びつきだが、最後の決め手になるのはその結束力で、この力は勝手なときにしか働かない。コンピュータのようにプログラムすることはできないし、自動的な生じるものでもない。


結婚について注意深く考えず、人生の非常に大きな部分として真剣に取り組まなかった罰は、離婚、精神的苦痛、そして多くの場合、預金高の激減である。精神的な苦痛の大部分は、結婚の破綻に続いて現れやすい失敗症候群の伴う苦痛で、子供の問題がからめば倍増する。君はまだ父親として子供に対する愛情を感じたことはない。夫婦の愛情は残念ながら冷めることがちょいちょいだが、父親の子供に対する愛情が冷めることは決してない。離婚は空な図、大きな苦痛をもたらす。


ビジネスの感覚で考えれば、結婚に関する厳然たる事実は、それが自らを投入する重大な投資であるということである。二つの面でそう言える。幸福な結婚は人生の大きな支えになるので、その価値は測り知れない一方、不幸な結婚の招く損失も測り知れない。不幸な結婚を解消するためにはしばしば、金銭的な富の半分までを犠牲にして、そのうえ何年も扶助料の支払いを続けなければならない。


今日の若者の結婚に対する姿勢は、一般に無造作すぎるように思われる。「うまくいかなかったら、別れればいい」という言葉を聞くことがあまりにも多い。このすばらしい大事業が軽率に扱われるのを見るのは悲しい。そのあとで無用な苦痛を見るのは痛ましい。


世の中には、ただ一度のチャンスをつかまえて結婚をものにしてしまう人びとがある。こうして始まる最高の幸福な結婚も少なくない。なぜか? そのような結びつきにはたいてい、互いに思いやりがあるだけでなく、必ず成功させようという、固い決意があるからである。ところで、君の場合だが、幸い君はじっくり「奥方」を選べる立場に在る。性格はいいし、人柄もなかなか立派で、おまけに父親似だ! からね。この天の恵みをすべて活用すれば、結婚という事業にすばらしい投資ができることはまず確実だろう。


この投資物件はどのような資質をそなえているべきだろうか? 君が私の意見を訊くから(おそらく)、答えるまでだが、温かみのある、好ましい人柄の女性を選ぶべきだろう。卑しさや嫉妬深いところがないかどうか、よく観察すること。このような性向はあとで大混乱を惹き起こす。うわさ好きには近寄らないこと。欲張りは疫病のように避けること。


君はこれから一生、この麗しい乙女を眺めて暮らすのだから、私は君のために、まずまずの美人であることは願っている。たしかに皮一重だが、もしそれが心の美しさと組み合わされば、毎朝眺めて、いい気分だろう。


おまけに頭がよかったら、その女性を真剣に考慮することを勧める。礼儀作法をわきまえて、服装や君の同僚との会話に気を配れば、なおさらよし、ほんとうの共同経営者として、君と対等に意見を交わす能力があれば、とりわけそうすることを勧める。


君は陽気な人柄やうっとりするような美貌だけで共同経営者を選ぶかもしれないが、君の友人たちは知性や誠実さなど、ときには気品といわれるほかの資質を期待するだろう。


もし君の結婚の投資が非常に適切であれば、君はまたたくまに高みに引き上げられるだろう。これほどの威力を持つものはほかには考えられない。すばらしい妻と歩調を合わせるための努力ほど、自分自身の価値を高めるものはないからである。


もちろん、ほかにも考慮しなければならない点はある。その女性は活発だろうか? 清潔だろうか? ユーモアはあるだろうか? とはいえ、もし魅力的で、気品があって、頭がよかったら、君はあらゆるものを手に入れるわけにはいかないのだから、あとの多少の欠点は大目に見るように。この肝心の三点がそろっていれば、君の将来はまず安泰だろう。ただし、やがて避けようのない危機に直面したときに、互いに愛情と尊敬の念を持って、一緒に物事を解決することが条件である。そして「別れる」という言葉は君たちの心のなかにも、語彙のなかにもあってはならない。