第1220冊目 PRESIDENT (プレジデント) 2012年 10/1号 [雑誌] [雑誌]


PRESIDENT (プレジデント) 2012年 10/1号 [雑誌]

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腕組み


私は人間観察の訓練のために、電車の中で向かい側の席に座っている人たちがいったいどの駅で降りるかを予測するゲームをやることがある。


携帯電話を畳んだり、読んでいた文庫本をそそくさと鞄の中にしまったりすれば、通常それは「もうすぐ降りる」サインだ。ところが、こうしたしぐさの直後に腕組みをされた途端、このゲームの難易度は急にアップしてしまう。


腕組みは人間のさまざまなしぐさの中でも重要なもののひとつであり、三つのタイプがある。


第一は、「拒否・拒絶」もしくは「自己防衛」の腕組みである。これは腕組みの中でも「弱い腕組み」であり、ポケットに両手を突っ込むしぐさや、体の前面でハンドバックを両手で持つしぐさもこの弱い腕組みの仲間である。よく、商談のテーブルの上で両手の指先を組み合わせて、親指をくるくる回すしぐさをする人がいる。これも弱い腕組みの一種。当人は無意識でも、相手は拒否されているという印象を強く受けてしまう。買う側ならばともかく、売る側は絶対にやってはいけないしぐさだ。


第二は、「集中」である。体を開く姿勢はオープン・ポスチャー、体を閉じる姿勢をクローズ・ポスチャーというが、腕組みはクローズ・ポスチャーの典型。基本的には自分の縄張りを主張するしぐさだが、意識を自分の内側に集中させているときにも表れる場合があるのだ。


つまり、電車の中で携帯を畳んだり文庫本を鞄にしまったりした直後に腕組みをする人は、ひと通りの片付けを終えて、自分の内側に閉じこもって眠ろうとしている可能性があるわけだ。座った姿勢で睡眠に入る場合は腕組みと同時に足も組まれることが多く、つまり腕も足も組んだ人は、次の駅で降りるどころかたいていの場合は眠り込んでしまうのである。


ちなみに、「自己防衛」の腕組みの場合は、同時に足が組まれることはない。攻撃から身を守るには、常に走って逃げられる体勢を取っておく必要があるからだ。


第三の腕組みは「批判」である。このタイプは、組んだ腕を胸の辺りまでせり上げるのが特徴だ。組んだ腕を上げると自然に顎も上がる。顎が上がると上から相手を見下ろす視線になる。いわゆる「上から目線」というやつだ。つまり組んだ腕を胸まで上げることによって、体全体で他者を批判するオーラを発することになるのである。


この批判的な腕組みを観察できるのは、喧嘩の場面である。繁華街に出かけていくと、酔っぱらい同士が喧嘩しているのに出くわすことがある。そんなときは、決して喧嘩している当事者同士に接近せずに、彼らを取り巻いている群衆を観察するとよい。必ずひとりかふたり、胸の高さで腕を組んでいる人がいるはずだ。こういう人物は喧嘩の様子を眺めながら、「何をバカなことをやっているんだ」と、心中で批判しているのである。


批判から一歩踏み込んで相手を威嚇するときは、腕を曲げて腰に手を当てるしぐさになる。アーム・アキンボーと呼ぶ。この姿勢を取ったらもはや一触即発の状態だ。喧嘩を取り囲んでいる群衆の中にこのしぐさをする人が現れたら、いずれその人が喧嘩の主役になるはずである。