第1186冊目 池上彰の新聞活用術 [単行本(ソフトカバー)]
池上彰 (著)
- 作者: 池上彰
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2010/10/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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読者の心を引き出す書き出し
「あ」とか「お」とか、小さな声を発して読み始めた方もおられよう。
こういう書き出しで始まったのは、2008年3月31日の朝日新聞の「天声人語」。この日から活字が大きくなり、「天声人語」の欄の大きさが変わったことを紹介する導入部分です。読者の目を引きつける、この工夫。うまいもんだ。
「きょうから太めになる」とあるように、これまで1行11字で計58行だったものが、1行18字で36行に変化しました。「全体の分量も6字増えた」というのです。
この欄を毎朝楽しみにしている私によって、6字でも増えるのは、嬉しいことです。「一行の字数が増えて、心待ち文はゆったり、おもむろに底で弾んで次の行へと進む、足の立たないプールで覚える戸惑いと、しばらく泳いでみて解放感を思い出す」と著者は書いています。1行の文字数が増えることで、文章のリズムまでが変化してしまうのですね。
苦み走ったいい男、御家人の片岡直次郎がそば屋の暖簾をくぐって言う。「天で一本つけてくんねえ」。
なんだ、これは? 読者の頭に?マークが灯る書き出しなのは、同日の読売新聞のコラム「編集手帳」です。
歌舞伎の一場面のセリフで、「天ぷらそばに燗酒を一本くれ」だと1文字だが、「天で一本つけてくんねえ」と11字に短くなった方が、「粋で耳に心地よい」と著者は書きます。「言葉とは不思議なものである」と述懐しています。
読売新聞の場合、朝日と同じく同日から活字を大きくしたのですが、「天声人語」とは異なり、「編集手帳」は77文字分も短くなりました。文字数が減ったほうがいいこともあるという例示だたのです。
「編集手帳」を楽しみにしている読者にとって、削減とは、何たる惨劇であることか。愛読者の一人である私は思わず天を仰ぎました。
活字が大きくなった分、文字数は減る。そこで「編集手帳」は文字数が削減されたのですが、「天声人語」は、紙面のレイアウトの工夫で、もしろ文字数を増やすことができました。朝日の編集者のアイデア勝ちです。
「編集手帳」の著者は、「情報の密度は高く、潤いはそのままに」「読み手の心に余韻が尾を引く文章をつづりたいものだ」と決意表明しています。「天声人語」の著者にも、文字数が増えた分、内容がメタボ気味と言われない努力を期待します。