第1139冊目  武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書]瀧本 哲史 (著)

武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)


非合理的な交渉者の2つ目のタイプは、「ラポール」を重視する人です。


ラポールとはフランス語で「橋をかける」という意味で、臨床心理の場で、緊張せずにリラックスして振る舞える状態になるために、セラピストとクライアントとの間に信頼関係を生み出すことを「ラポールを築く」と言います。


心理学の研究では、以前から顔や存在を知っていたり、なんらかの共通の基盤がある人には説得されやすい、ということが明らかになっています。


一方で、「よそもの」や知らない人とは、たとえ良い話であっても取引を行わないというタイプの人は珍しくありません。


交渉においても、このラポールがきちんと交渉相手と自分との間に築けていると、話し合いがとてもスムーズに進みます。相手のバトナを聞き出すのも、たやすくなるでしょう。


しかし、ラポールを短期間で築くのは、なかなかむずかしいのが実情です。


どうすれば相手との間にラポールを築くことができるのか?


ここでは、私が日頃からもはや無意識に行っている5つの「カンタンな方法」をご紹介したいと思います。



1つ目は、「好意の返報性」という人間心理に働きかけることです。


「この人とはどうしても信頼関係を築きたい」と思ったら、まずはその人のことを心から好きになってみる。


そうすると、自然にそれが自分の態度に表れ、相手にも伝わります。


みなさんも学校で「あの子、君のことが好きみたいだよ」と言われて、急にその人のことが気になってどぎまぎするようになった経験はないでしょうか。


人は誰でも、自分のことを好きだと思ってくれている人に対しては、自然と好意を抱くものです(もっとも、一方的な好意が行き過ぎては逆効果となるもあるので、要注意ですが)。


非合理的な相手であっても、「なんだこういつは!?」と思わずに好意を持つこと。


コツとしては、9割のダメな部分ではなく1割の良い部分にフォーカスして、そこを好きになってみるといいでしょう。


そして、その好意を何気なく伝えることによって、相手との間にラポールが築け、合意を結びやすくなるのです。


2つ目の方法としては、「スモールギフトをおくる」というのも効果的です。


これは、「好意」を具体的な方法で相手に示すという好意になります。


男性であれば、バレンタインデーのときにたとえ義理チョコであってももらえたら、けっして悪い気はしません。


スモールギフトは、チョコのような「モノ」でなくてもかまいません。相手がこれまでに行ってきた仕事や、持っているスキルに対して「すごいですね。尊敬します」などと賞賛の言葉をおくってあげる。


これも立派なギフトとなります。


たとえ相手がクレーマーのような人物であったとしても、たとえば「そのようなことにお気づきになったのは、お客様が初めてです。すばらしいですね」と伝えることで、「おう、よく俺のことがわかってるじゃないか」とラポールを築くことができるようになるのです。


3つ目の方法として、年齢、血液型、兄弟構成、居住地、出身地、出身校、地位、病気、ペット……なんでもいいので相手と似た境遇にあることを発見して、それを会話の糸口とするやり方があります。


これは営業マンの基本というか、常套手段ですが、バカバカしいように見えて意外と効果があるのです。


「出身地の話なんて前近代的でイヤだな……」と思う方もいるかもしれませんが、互いに共通するバックボーンを持っている人間同士は心理的なハードルが下がる、というのは学術的にも証明されています。


効果があれば、前近代的でもなんでもいいのです。


知り合いのトップ営業マンは、47都道府県すべての名産品と甲子園常連校の名前を覚えていて、客との会話に多用していました。


「あっ、富山県ご出身なんですね。富山といえば、このあいだ雑誌で〝ブラックラーメン〟というものがあるのを知って。どういう味なんだろうとすごく気になっていたところでした。寒ブリも白えびも美味しいし、すごい良いところですよね」


たとえばこんな感じです。


すごい努力だと思いましたが、慣れれば自然とできるようになると言っていました。ぜひみなさんにもお勧めしたいと思います。


世の中には、最初から仲の良い友達のように振る舞うことを好む人もいます。


4つ目として、そういう人とは「相手の好む話し方でつき合う」という方法があります。


私の経験では、ベンチャーから巨大企業へと成長した某有名IT企業に、別の会社の買収を提案しにいったときに出てきたCFOが、この「友達」タイプでした。


初めて会って名刺交換してから15秒で「瀧ちゃ〜ん、うちがお金ないの知ってるでしょ?」と話しかけれてくる、やたらとフレンドリーな人だったのです。


そして、そういう好意的な言葉とは裏腹に、逆に「うちが持ってるベンチャー買ってよ〜」とこちらに売りつけようとしてくる、油断のならならない人物だったことをよく覚えています。


おそらくその人は、友人タイプでの交渉による成功体験をたくさん持っていたのでしょう。ある種の人たちにはそういう話し方が好まれる、ということです。


心理学の基本に「類似性による好意」というものがあります。人は自分と似ている人に好意を抱く、ということです。


相手が友人タイプであることがわかれば、相手と同じ話し方、もしくは、いつもよりは多少くだけた話し方にシフトすべきでしょう。


しかしこの「友人話法」は、タイプによっては逆に嫌われることもあるので、やはり相手がどういう人間であるかをしっかり分析したあとで使わなければなりません。


さて、最後の5つ目の方法として、交渉におけるプロセスで「共同作業の時間を持つ」というのも、ラポールの形成には大きな効果があります。


たとえば営業の担当者が、ほとんど受注している段階において、あえてすぐに契約を締結せずに「最終的な稟議書を一緒に書きましょう」とクライアント側の担当者に提案する。


そうすることで、相手に「この契約は自分たちが成し遂げた仕事だ」と思ってもらうことができ、その後の関係が強化されます。


このように、交渉のプロセスにおいてわざと関係構築のための中間段階を設けることも、友好的な話し合いを進めるのに役立ちます。