第1025冊目  采配 [単行本(ソフトカバー)]落合博満 (著)

采配

采配

不安だから練習する。練習するから成長する。


私は45歳まで現役でプレーした。だが、2011年の時点でドラゴンズの山本昌は46歳、プロ生活28年目になっているし、最近は40代になってもプレーを続けている選手など珍しくない。

超ベテランと呼ばれる彼らの活躍は、同年代のビジネスマンたちの活力というか励みにもなっているようだ。私に言わせれば、ビジネスマンのほうがよほど厳しい世界で戦っていると思うが、プロ野球選手が誰かの希望の光になっているなら、それはいいことなのだろう。

さて、40代でも現役で続けられる選手が増えた理由はどこにあるのか。

スポーツ医学やコンディショニングが目覚ましく進歩したのも一因となるだろうが、最も大きな理由は、下(若手)からの突き上げが弱くなっていることではないか。

プロ野球選手は、春季キャンプが始まる2月1日からシーズンが終わる11月30日まで、10か月間の契約を所属球団と結んでいて、これを稼働期間と呼ぶ。ゆえに、12月1日から1月31日の2か月間は契約期間外に当たり、選手は球団に拘束されないことになっている。つまり、監督やコーチが練習させることもできないのだ。この2か月間はポスト・シーズンと呼ばれている。ちなみに、クライマックス・シリーズや日本シリーズなどをペナントレーズに対してポスト・シーズン・ゲームと呼んでいるが、これとは違う。

実は、私が若かった頃は、このポスト・シーズンが明確化されていなかった。年内は12月25日くらいまで、年が明けると1月5日頃からは半ば強制的に練習をさせられていたのだ。もちろん、実績を残している選手はポスト・シーズンの練習も自主性に任されており、マイペースでやりたければレギュラーになれという風潮があった。

これがよかったのかどうかは別として、若い選手がポスト・シーズンも練習を続けさせられたことで力をつけていたのは、紛れもない事実だ。ベテランには、自分がどれくらい練習すればいいのか、どこで休養を取ればいいのかなど、経験に基づいた知識がある。それを持たない若手は、ポスト・シーズンも練習させられる中で、その知識を得ていくという流れだった。

しかし、現在はポスト・シーズンも指導者に見守られながら練習したほうがいいと思える若手選手にも、監督やコーチは一切手を出せない。それで若手の成長速度が穏やかにない、したがってベテランの寿命が延びたと私は解釈している。

「休みたければユニフォームを脱げばいい。誰にも文句は言われずにゆっくり休めるぞ」

時折、私は選手に向かって冗談めかしてそう言う。だが、1年でもユニフォームを着ていたいのなら、休むということは考えちゃいえkないよ、という本音のメッセージも込めている。だからというわけではないが、最近の選手は若手に限らず、ポスト・シーズンも何かしたら体を動かしている。結果的に、私たちの頃よりも休養している時間は短くなったのではないかと思う。

時代によって半強制的か、自主性に任されているかは変わっているが、プロ野球選手はなぜポスト・シーズンも練習するのか。それは恐らく、体を動かさないと不安になるからだろう。ポスト・シーズンも練習されられていた私たちは、「早く休みたいな」と思いながらも体を動かし続け、その不安を払拭していたのだと思う。

一方、最近の選手はその不安を自分一人、あるいは何人かの仲間と一緒に練習しながら解消していかなければならないが、指導者が見ていない分、「これでいいのか」と感じて不安が消えないのかもしれない。そして、消えない不安が「自信がない」という気持ちになっていく。「自信がないのは自分だけなのか」と思えばいっそう自信がなくなり、それが成長の速度を奪っていく。ポスト・シーズンの明確化は、そんな現状を生み出しているのではないかと推測している。

そんな選手に言いたい。

「不安もなく生きていたり、絶対的な自信を持っている人間などいない」

私が半強制的にポスト・シーズンの練習で学んだのは、「不安だから練習する」という原則である。試合開始まで横になって寛ぎ、プレイボールがかかってグラウンドに出れば活躍する。そんな選手になれたら練習は必要ない。私もそういう選手になりたかったが。だが。どんなに練習してもそれほどの選手になるのは不可能であり、誰もが何らかの不安を抱えてプレーしているからこそ、少しでも不安を払拭しようと練習するのだ。

また、「これをやっておけば絶対に大丈夫」という練習方法もない。だから、どんな仕事にも不安は常につきまとうものだ。不安を拭い去れず、「俺は自信がない」とひるんでいては進歩がない。誰もが抱えているからこそ、試行錯誤しながら努力を続けられるのである。そう考え、自分はどんな練習(努力)をすればいいのか考え抜くことが大切なのだ。