第998冊目  采配 [単行本(ソフトカバー)]落合博満 (著)

采配

采配

職場に「居心地のよさ」を求めるな


会社を経営する側、組織の長と言われる立場の人には、職場の環境をよりよくしていく努力が必要だろう。私も監督に就任してから、ドラゴンズという、?職場?の環境を少しでもよくしようと努めてきたつもりだ。

春季キャンプであれば、選手が時間を気にせず思い通りの練習に打ち込めるよう、ブルペンや打撃練習場の数を増やした。春季キャンプ中の食事も選手と首脳陣は別々の会場にして、ユニフォームを着ていない時間くらい上司と顔を合わせなくても済むようにした。本拠地のナゴヤドームでも、審判員が本塁打の判定がし辛いと感じれば、外野フェンスを改造してもらったり、両翼のポールを天井まで伸ばしてもらった。そして何よりも、練習をサポートしたり、データを収集するスタッフの人数を大幅に増やした。

すべては選手たちに気持ちよくプレーしてもらうためである。

だが、それは選手たちに「うちに監督は選手思いだ」と実感させ、選手と私、あるいはチーム内の人間関係を円滑にしたいからではない。人間関係という観点で言えば、私は選手やチームスタッフから恨まれるのを覚悟してやっていた。

例えば、ファームで目立つ実績を上げている選手がいたとしよう。二軍の首脳陣からは「あとは一軍から声がかかるのを待つだけだ」と成長を認められ、本人も一軍で活躍しようと意気込んでいる。とろこが、運が悪いことに一軍で補強したいのはそのタイプの選手ではなく、他の選手が一軍に呼ばれることもある。

若手の中から誰を抜擢するか。それは、実績だけでなく、運や巡り合わせのようなものも絡んでくるものだろう。だが、実績の残したのに一軍から声をかけられなかった選手にしてみれば、やり切れない気持ちの矛先は私に向く。不運にも、その後は目立つ実績を残せず、何年かして自由契約を通告したのも私となれば、「落合が監督じゃなければ、俺も活躍できたかもしれないのに」ということになる。

乱暴な書き方かもしれないが、それがビジネスの世界の現実だ。実力第一、成果主義、好き嫌いで人は使わないとはいえ、チャンスをつかめるかどうかには運やタイミングもある。これも事実だ。

そうした現実を踏まえ、若いビジネスマン諸君に伝えたいのは、自分の職場に「居心地のよさ」を求めるなということだ。

どんな世界でも円滑な人間関係を築くことは大切だ。しかし、「上司や先輩が自分ことをどう思っているか」を気にしすぎ、自分は期待されているという手応えがないと仕事に身が入らないのではどうしようもない。物質的な環境がよくないと感じたら、上司に相談したり、改善の提案をすることは必要だが、人間関係の上で環境に関しては「自分が合うか合わないか」などという物差しで考えず、「目の前にある仕事にしっかり取り組もう」と割り切るべきだとおもう。

人間味あるれる人と評判の監督が率いるチームでも、「このチームにいてよかった」と心底感じているのはレギュラークラス、すなわち監督に重用されている選手だけだ。

残念ながら、控えに甘んじ、いつまでも年俸の上がらない選手が「監督を慕っている」という話は聞いたことがない。同じように、100人の社員が100人とも「ここはいいな」と感じている職場などあり得ないのではないか。

組織の中には、いい思いをしている人とそうでない人が必ず混在している。ならば、職場に「居心地のよさ」など求めず、コツコツと自分の仕事に打ち込んでチャンスをつかむことに注力したほうがいい。運やチャンスをつかめる人ほど、このことをよくわかっている。