第936冊目  わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書) [新書]池上 彰 (著)

わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)

わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)

「三の魔法」を活用しよう


前章までは、これまでの私の経験を中心に話をしてきました。ここからは、日頃自分が気をつけている「わかりやすさの技術」を、いくつかの観点から紹介しましょう。

まず、この章では、すぐに活用していただけるようなコツを述べましょう。

「三の魔術」という言葉があります。

第5章でも触れたように、「わかりやすい説明をするときにはポイントは三つに絞りなさい」という意味です。

人はたいてい三つまでなら耳を傾けて聞きます。それが、四つになると注意が拡散します。話し手も内容を把握しづらくなってしまいます。

人間がメモなしで話せるのは、たいてい三つのことまでです。聞き手のほうも、頭の中でとりあえず整理して覚えられるのは三つまで。不思議なもので「三つあります」と言われると安心するのです。

こんなエピソードがあります。

ひと昔前になりますが、中曽根内閣時代につくられた臨時教育審議会でのこと。いわゆる識者や専門家が教育について議論を行い、審議会の後で毎回、当時の会長が記者会見をします。会長は国立大学のトップを経験した学者。「本日は、こんなテーマについて議論が交わされました」と会議の内容を説明します。AとBとCと……三つまではすんなり説明できます。ところが、その後になると、いつも「えーと、あと何があったかな」と後ろに控えた事務方に聞くのです。

毎回これが繰り返されるものですから、口の悪い記者連中は、「あの人の数の概念は、一、二、三、たくさんだな」と言い合ったものです。会長は理数系の学者です。頭のいい偉い先生でも、一度に覚えられる内容は三つなのだという現実に、驚いた記憶があります。

三から先の数は、「たくさん」になっちゃう。これは、多くの人に共通したことだと思います。

「大事なことは一つだけです」でもいいのですが、もういくつあったほうがありがたい気がします。「二つあります」でも「え、二つでいいの?」という物足りない気分になります。それが「四つある」だと、今度は多い印象を受けてしまいます。

その点「三」という数字は過不足のない、きりのいい数字です。「大事なことは三つあります」と言われると落ち着くのです。何と何と何だろうという興味も持てます。

プレゼンテーションの前にメモを作る際、言いたいことが五項目あったとしても、三つに絞る努力をしてみてください。

五つの中で優先順位の低いものはどれだろうか。あるいは、AとBは実は一つにまとめられるな、などということを考えながら、整理をしていくのです。

三つ目の項目を話して、まだ時間の余裕があれば、そして聞き手にまだ聞く態勢があれば、「ちまみに」「さらに言いますと、こういうこともあります」などと付け加えてもいいですね。

このように、すべてを三の単位で積み上げて考えてみましょう。

大きな三つのテーマについて三〇分ずつ話す。

その三〇分の大きなテーマを説明するために、それぞれ小見出しを三つ立て、一〇分ずつ話していく。

すべてを三つに分けて整理していくと、聞き手にもわかりやすくなりますし、話もしやすくなります。

物事の分析ですと、過去、現在、将来という三段階の時間経過に分けることもできますし、現状、反省、改善点という提案の方法もあります。いずれも三つに分けると、ポイントが絞りやすいのです。不思議なものですね。

三つの柱のルールは、社内向けの小規模プレゼンテーション以外、たとえば新製品の紹介などにも、そのまま応用できます。

その場、シンプルに「ポイントは三つあります」と告げて話を進めるやり方もありますが、明確にそのようなセリフは言わずに要素を三つに分けておくやり方もあります。話し手の頭の中できっちり三つに整理されていれば、話も説得力を増して、聞いている側も納得できるものです。

ある施策の提案なら、組み立てとしては、「この施策を提案します。効果はこうです」とつかみをつくり、一番目の「現状の施策」の話をする。

次に、たとえばウェブ(インターネットのホームページ)への出稿に重点を置くという施策の提案なら、「出稿についての具体的な提案内容はこうです」という話が二番目にきます。宣伝費の割り振りや内訳などもここに含まれます。

そして三番目にスケジュールや実施要綱、それによって得られる対費用効果の予想などです。

提案した施策がもたらす効果については、つかみで数字を少し出しておいて、具体的に三番目でもう一度説明します。最後にもう一度説明するというのが、実は大切なのです。