第920冊目  采配 [単行本(ソフトカバー)]落合博満 (著)

采配

采配

明日のために切り替えるよりも、今日という日に全力を尽くせ


言葉とは、自分の意思や目的を相手に明確に伝えるものである。ところが、白黒はっきりさせず、グレーの状態にしてしまう便利な言葉もある。

野球界では、いつの頃からか「違和感」という言葉が流行だした。

「右足を骨折したので走れません」
「左肩の腱を痛めたので投げられません」

そう言われれば、治療に専念させて1日でも早くプレーできるようにしなければならないと思う。しかし、「右肩に違和感があります」と言われても、投げられるのかどうか、医学的に治療が必要なのか判断がつかない。それでも、本人がそう言うのだから、こちらが無理して試合に出場させ、後になって「あいつに無理に使われて潰された」と言われるのも癪だ。そんな選手は、どんなに戦力として期待をかけていても自分の好きなようにさせている。

違和感がフィジカル面でのグレー用語なら、メンタル面では「切り替える」という言葉が頻繁に使われる。致命的なミスをした時、「まだ試合は終わっていない。切り替えてしっかりやろう」という意味合いで使われるのだと思うが、この表現にも私は違和感を覚える。

わからない言葉があれば辞書を引く。「切り替える」には「今までのものを取り替えて別のものにする」「新しくする」という意味があり、用例として「頭を切り替える」がある。

頭を切り替えるとは、何かの問題を考えていく際に発想を転換してみるということだろう。目の前に高い壁が現れた時、人はそれをどうやって乗り越えようかを考える。その際、「壁は登るもの」という発想に固執すると、よほどの腕力があるか、梯子などを調達しなければ壁は越えられない。しかし、ドリルで穴をあけられないか、トンネルと掘って向こう側へ行けないか、そうやって発想を転換すれば、向こう側に辿り着ける方法はうんと広がる。それが「頭を切り替える」ことだと思う。

ただ、先に書いたケースで致命的なミスをした選手が使っているのは、「気持ちを切り替える」ということだ。気持ちを切り替える、その言葉の響きはいい。しかし、厳しいようだが、私には考える力がない人の方便に聞こえてしまう。

気持ちを切り替える場面で本当にしなければならないのは、ミスの原因をしっかりと精査し、次に同じような場面に出くわしたらどうするのか、その答えを弾き出して次へ進むことである。気持ちを切り替えてミスがなくなるのなら、初めから切り替えた気持ちでやれば済むことではないか。私は「開き直る」という言葉も同じ種類だと分類している。