第876冊目  仕事力 青版 (朝日文庫) [文庫]朝日新聞社 (編集)

仕事力 青版 (朝日文庫)

仕事力 青版 (朝日文庫)

誠実な働き方は、すれ違っても分かる 林真理子

私は朝、娘を学校に送って行くときにいつも早い時間の電車に乗るのですが、すでに混んでいますし、そんな時間にもかかわらず女性たちはきれいにメークアップをし、ピシッとアイロンのきいた服を着て乗り込んできます。揺れる電車の中でもピンヒールを履いて立ち、凛々しく新聞を読んでいたりする。

それが毎日のことだろうし、おそらく前の日だって遅くまで仕事をしていたのだろうと思います。彼女たちを見ていると働く覚悟が伝わってきて、よくやっているなと感嘆しますね。

4月、5月頃になると、大学を出たばかりのような髪の毛がまだツンツンしている男の子が、着慣れないスーツを着てホームで電話していたりする。使い慣れていない敬語なんかを懸命に使って、お得意さんらしき相手に「その件はすいません」なんて謝りながらホームで頭を下げていたりするんです(笑い)。

そういう姿を見ると私は涙が出てきそうになる。いままでは大学でコンパとバイトだけの生活だったろうに、就職することを選んでがんばっている。「つらいだろうけど、こういうことが君を鍛えていくんだよ。がんばれ、がんばれ」って声をかけたくなりますね。

長く仕事を続けてきた大人たちはそのつらさも、それによって成長できることも体験しているから、いつも気持ちのどこかで若い人たちにエールを送っています。私の小説もそれがテーマの一つですね。