第947冊目 伝える力2 (PHPビジネス新書) [新書]

池上 彰 (著)

伝える力2 (PHPビジネス新書)

伝える力2 (PHPビジネス新書)

「戦場カメラマン」渡部さんがゆっくり話す理由


ここ数十年で、日本人の話すスピードはかなり速くなりました。NHK放送文化研究所の調査などによると、アナウンサーの話す速度もずいぶん速くなりました。昭和一〇年ごろに比べると、今の私たちは二倍くらいの速さでしゃべっているというデータもあるようです。

忙しくなって、ゆっくりのんびり話していられない時代になったことが早口化の大きな原因のような気がします。テレビでいえば、アナウンサーなどがゆっくり読んでいると、視聴者にチャンネルを変えられてしまうといった問題もあるのでしょう。

私はときどき「池上さんはゆっくり話しますね」と言われることがあります。本来、私も相当な早口です。でも、テレビに出るときは意識してかなりゆっくり話しています。

ゆっくり話す理由に一つは、小学校高学年から八〇代の人までわかるように話そうと思っているからです。語彙の少ない子供や聴力の低下している高齢者は、早口だと、聞き取れないこともあります。それではせっかく伝えたいことも届かない。だから、意識してゆっくり話している側面もあるのです。

たとえば、ビジネスパーソンがプレゼンテーションをする場合、ふだんよりもゆっくり話すという方法も有効です。ふだん早口に慣れている分、ゆっくり話されると、聞き手は逆に引き込まれるという効果も期待できます。

落語家、特に真打ちは得てして非常にゆっくり話します。ためてためて、間合いを取って、ゆっくり話す。

さらには、ゆっくり話すだけでなく、ゆっくり話したり、速く話したりを、実に上手に使い分けています。話すスピードの緩急を自在につけているのです。間合いを取ったり、緩急をつけたりした話し方をされると、「それで、それで、どうなったの?」と、次の展開に興味が一気に高まります。

それで思い出されるのが、「戦場カメラマン」こと渡部陽一さんのしゃべり方でしょう。本人と話をすると、別段ゆっくりしたしゃべり方をしているわけではありませんが、テレビに出ると、驚くほどゆっくりと話します。スタジオの出演者たちはみんな早口ですから、渡部さんが話しだすと、急にテンポが崩れ、出演者も視聴者も、渡部さんの話に聞き耳を立てます。渡部さんは、悲惨な戦場の実態を、なんとか多くに人に伝えたいと思ってきました。みんなに聞き耳を立ててもらう手法として、極端にゆっくり話すという手法を開発したのでしょう。

渡部さんや、落語家には及びませんが、私も緩急、あるいはメリハリをつけた話か方をするように努めています。

テレビに出るときは意識してゆっくり話していると書きましたが、実はけっこう早口で話している部分もあります。一般的な内容の部分は早口で話し、重要なところに差し掛かると、スピードを落とし、ゆっくりと話すようにしているのです。これにぴったりの表現が昔からありますね。「噛んで含めるように」です。それで、全体としてはゆっくり話す印象があるのかもしれません。

意識的にゆっくり話す。緩急、あるいはメリハリをつけて話す。これらは話し方の、プレゼンテーションのときなどに十分に活用できます。