第463冊目 暗記力 斎藤孝/著

暗記力

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  • 東大生の勉強法

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「教養とは本をどれだけ読んでいるかとういこと以上に、どれだけ引用できるかということだ。私は、コミュニケーションの場面で適切な引用ができる人は教養人だと思う。反対に、いくら膨大な量の書物を読んでいても何一つ引用ができない人は、エネルギーを無駄に使っているとしか思えない」



トルストイは、晩年もそのような引用によって勉強を重ねて、「いい言葉」を忘れないでおこうとしていたわけです。

しかも、名言を忘れないためだけではなく、引用の作業そのものをトルストイは大勢の読者のためのプレゼントにもなると思ってやったいたフシがありました。

なぜならば、この引用集をトルストイ自信は、「これは私が書いたどんなものよりも価値がある」と評価していたのですから。

トルストイは、文豪であく自分自身の力量は充分に分かっています。自分の書いてきた小説の価値については知っているのです。

しかし、自分が心の底からすばらしいと感じられた言葉を集めたものは、自分のやった仕事よりもさらに「すごい」と捉えていました。



さまざまな実験や実例を見ていると、どうやら、技というもの全般は回数で言うなら「一万回から二万回ほど」の反復によってその特殊な動きが身体に定着すると言われています。一〇〇回や二〇〇回やったぐらいの動きというのでは、もとに戻ってしまうのです。



「いっさいの書かれたもののうち、わたしはただ、血をもって書かれたもののみを愛する」――ニーチェ

「血と寸鉄の言で書く者は、読まれることを欲しない。そらんじることを欲する」――ニーチェ



私は東大を受験するような人を指導することもありますけれども、東大に合格するほど数学ができるようになった人は一冊のスタンダードなものを一〇回は解いたと言うのです。普通、一〇回は解けないでしょう。飽きてしまいますから。

普通に勉強している人は二回が限界でしょう。それも、大多数の人は二回もやらないと思います。

ところが、東大や慶応の医学部などに入る人は一〇回もやってしまいます。もちろん、できなかった問題を中心に復習するのだけれど、さらに一五回、二〇回とやって反射的に問題を解けるようにするらしいのです。

しかも、頭のなかだけでなくて、手で書いて覚えていくから、計算間違いもなくなるし、類似の問題に対する対応力も培われるのだそうです。これは「型」の訓練に近い効果なのでしょう。



座右のニーチェ (光文社新書)

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  • 今日の名言

「忍耐はどんな悩みにも利く名薬である」――プラウトゥス

第1章 暗記力で「アウトプットの技術」を育てよう!(「暗記=つめこみ」と捉える見方は浅すぎます
暗記は、言語運用能力や創造性まで鍛え上げてくれる! ほか)
第2章 暗記力で「上達の技術」を育てよう!(暗記力は「引用の技術」につながる
引用力は、充分な理解の証拠である ほか)
第3章 暗記力で「心のタフさ」を育てよう!(暗唱は底力を持っている
暗記に「才能」「技術」は不要である ほか)
第4章 暗記したい日本語(『道程』高村光太郎
走れメロス太宰治 ほか)

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