第2001冊目 Think!別冊NO.1 一流の思考力 (シンク!別冊 No. 1) [単行本] 別冊Think!編集部 (編集)


Think!別冊NO.1  一流の思考力 (シンク!別冊 No. 1)

Think!別冊NO.1 一流の思考力 (シンク!別冊 No. 1)


では、「スキル」を獲得するためにはどうすればよいか。結論からいうと、スキルを身につけるには、練習(プラクティス)を数多く積むしかありません。タマを落としても実害の少ない環境で、どこから飛んでくるかわからないタマを受ける練習を積むのです。そういう経験の積み重ねが、スキルを形成していくのです。


30代になると、入社10年間で理解までステージを上げてきた人は次第に頭角を現して、会社に認められる存在になってきます。主任や係長に昇格する者も出てくるでしょう。また、そういう人は、部長や役員に「あいつは面白い」と顔と名前を覚えてもらえるようになるはずです。


経営陣のレーダースクリーンに映るようになると、状況は一変します。上層部から評価を受けていることを周囲の人間も敏感に感じ取って羨望の眼差しを向けられることもあるでしょう。しかし、それよりも変わってくるのは、何かをやりたいと手を挙げたときにやらせてもらえる確率が高くなるということです。いくら積極的に手を挙げて「私にやらせてください」と意気込んでも、一定の信用を確立している人間でなければ上は首を縦には振ってはくれません。しかし、レーダースクリーンに映るような存在になっていると、「あいつは面白そうだから、やらせてみるか」となりやすいのです。


このような立場に立つことができたなら、30代半ばからはうまく手を挙げることを考えるべきでしょう。うまく手を挙げるとはどういうことかというと、安住を避け、あえてリスクを取って経験を積むということです。


すでに出来上がった既存事業の中で重要なポジションを任されるのは自尊心を満足させることにはなるでしょうが、スキルを身につける練習にはなりません。スキル獲得のために練習を積むには、花形部門にあえて背を向けて、まったく新しいフロンティアの開拓に挑戦することです。


安住の地を投げ捨てて、うまくいくかどうかはやってみなければわからないという未開の地に挑戦しなければ、スキルなど身につかないのです。どうやったらうまくいくかわからないので、走りながらリアルタイムに問題に対処していくしかありません。プレッシャーに押し潰されそうになりながらも背伸びして、難局を乗り切ろうと努力する。そのような泥まみれ、傷まみれの経験が、人を成長させるのです。


私自身、身をもってそういう経験をしてきましたから、よくわかります。29歳でハーバード大学の大学院で博士課程を修了すると、すぐにビジネススクールの教壇に立つことになりましたが、講義経験のない若造で、英語のハンディを背負った日本人なのに、何のトレーニングもなく、いきなり英語でケース討論をする教室に放り込まれたのです。どんな展開になるかはまったく予想できない授業形式なので、事前準備でカバーするにも限界がありました。


さらに悪いことに、私の担当は、新入生全員が最初に受講する科目に1つでした。難関を突破してキャンパスに集合し、初めての授業に期待と不安を募らせる学生を待ち受けていたのが、ベテラン教授に交じってこの私だったのです。教室に初めて入ったとき、「よりによってこんな新人で大丈夫か」という冷たい視線が突き刺さってきたのを今でも覚えています。


学生として卒業するだけでも大変といわれるのに、その学生の発言を採点する側に回るとなれば、これはもう異次元の体験です。そのプレッシャーたるや、中途半端なものではありません。背伸びどころの話ではなく、100メートルの竹馬に二って、なおかつそこで背伸びすることを迫られるようなものでした。


しかしこの経験は、私にとってかけがえのない財産になっています。夜も眠れない日々を送りましたが、そのおかげで頭の構造が変わってような気がします。無我夢中で走り抜いたおかげで、どこからタマが飛んできても動じないようになりました。むしろ、予想し得ないところから飛んでくるタマを楽しむ余裕が生まれました。


アメリカではこういう試練を、ストレッチ、または「シンク・オア・スイム」と表現します。「溺れたくなければ、泳げ」という意味です。海に突き落とされたら、なんとか陸にたどり着くまで泳ぎ切るしか生き延びる方法はありません。そういう修羅場が人を鍛えるのです。


同じ「理解」まで到達した人間でも、すでにレールが敷かれた花形部署で宮仕えに従事する者と、追い込まれ必死にもがきながら道を切り開きに行く者では、大きな差がつくことは自明の理です。予想外の事態にリアルタイムで対処しながら、戦略を展開していくことができる経営者を目指すなら、30代半ばからの10年間はリスクだらけの未開の地、または辺境の地で勝負する道を選択するべきでしょう。