第1054冊目  人の心をひらく技術 [単行本(ソフトカバー)]小松成美 (著)

人の心をひらく技術

人の心をひらく技術

相づちの基本と応用


私たちは会話をしているとき、相手の話に対して「相づち」を打ちます。「うん」「はい」と言葉を発するときもあるし、ただうなずいたり、首を縦に振ったりと動作で示すこともあるでしょう。それは「あなたの話を聞いていますよ」という合図です。

しかし、欧米人は、ほとんど身体的な相づちを打たないので、声と仕草を合わせる「相づち」は、日本人特有のものかもしれません。とにかく日本人が会話をするときにはなくてはならないものです。

相づちは、「聞いていますよ」という合図であり、また「あなたの言葉を理解しました」もしくは「ちょっとよくわかりません」などという、話の理解度を示す合図でもあります。

相手が自己肯定しているときは、相づちを打つことでこの二つの合図を同時に送ることができます。これが相づちの基本形です。

ただし、相手が自己肯定の発言をしているときには、この基本形では誤解を生じる危険があります。自己肯定の言葉に勢いよくうなずいてしまっては、その否定に同意したことになってしまうからです。「あなたの言葉は聞こえているけれども、そんなことはないと思う」。それを表現するには、首を小さく横に振るといいでしょう。もしくは、相づちを打たずに静止するのです。この動作で、相手の精神的な安定は保たれるはずです。これが相づちの応用形です。

相づちという反応は、相手の話を真剣に聞いて相手の気持ちになっている、という姿勢を示す会話続行の潤滑油です。相づちを誠実に繰り返していくことで、会話は次第に深まっていくのです。

ただ、海外では状況が変わってきます。たとえばアメリカでは、相手が話し出したら、じっと静止して聞く。それが大人のルールです。それを知らなかった時代、親しいアメリカ人と会話しているときいつものように相づちを打っていた私は、彼から「少し静かにしてほしい」と言われたことがありました。驚いて相づちの理由を説明したのですが、彼がこう説明してくれました。

「せわしなく、会話に集中していないように見える。それに、うるさい。こちらの気が散る」

日本でなら、相づちがなければ「ちゃんと聞いているの?」と思いますが、アメリカ人の彼には、相づちを打つ私には集中力がなく、適当に聞き流しているように見えたのでした。以後、海外のインタビューでは大げさな相づちは打たないよう、注意しています。「郷に入っては郷に従え」とは思っていましたが、習慣の違いの大きさにあらためて驚きました。