第944冊目  知らないと恥をかく世界の大問題 (角川SSC新書) [新書]池上 彰 (著)

知らないと恥をかく世界の大問題 (角川SSC新書)

知らないと恥をかく世界の大問題 (角川SSC新書)

介護の現場が危機


人生80年時代、介護の問題も深刻です。訪問介護大手のコムスンの不祥事で、介護保険制度が揺らぎました。親会社はグットウィル・グループ。グッドウィルとは「よき意思」という意味なのに……。

そこで介護保険についても、おさらいしておきましょう。

介護保険もさまざまな保険の一種です。保険とは将来のリスクに備えるもの、健康保険は将来病気になるというリスクに備えて、日ごろから保険料を払い込み、病気になったら実際にかかった医療費の一部を負担するだけで済むようにするものです。年金も保険なのですね。これも国が経営する保険で、こちらは「長生き」というリスクに備えるためのものです。この言い方は、いささか不適当ですが、長生きしても生活に困らないようにしとうということです。

その点、介護保険はわかりやすいですね。今は元気でも、年をとれば寝たきりになったりして、介護を受けなければならないリスクを私たち誰もが持っています。そのときに備えて、社会のみんなで保険料を集めようという仕組みです。少子高齢化が進めば、介護が必要な人は増えるばかり、それに備えて、2000年から始まりました。

介護保険制度がなかったときは、老人を家族が在宅で介護するケースが多かったのですが、介護する側も高齢になってくると、介護が困難になってしまいます。寝たきりの高齢者がいったん何らかの病気になると即入院。病気は治っても、そのまま病院に入院したままになりがちでした。

入院治療の必要がなくてっても言えに介護ができる状態の家族がいない場合は入院を継続することになります。こうした入院を「社会的入院」と呼んだものです。

こうなると病院での医療費がかさみ、健康保険は財政的に苦しくなります。また、病院がいつも高齢者で満杯では、本当に治療が必要な重症の患者が入院できないという問題が生じます。

入院していない高齢者については家族が介護をするということになりますが、そうすると、どうしても長男の嫁が介護を担当することになりがちです。

このように、家族にしわ寄せがくる介護を、社会全体の問題として考え、みんなで支える仕組みとして設計されたのが介護保険制度です。

介護にかかる費用の半分は、40歳以上の「被保険者」つまり私たち国民が負担します。残りの半分は公費で、全体の4分の1を国、8分の1を都道府県、残りの8分の1を市町村が負担します。

介護保険に入るのは40歳からですが、実際に介護を必要になったら人が利用できるのは65歳になってから、65歳以上の人たちだけが保険料を払っていたのでは負担が重くなりすぎますが、20歳から保険料を払うのでは、若い人にとってはあまりに遠すぎる話。そこで40歳になったら、自分の問題として保険料を払いましょう、というわけです。

ただし、65歳以上になっていなくても、若年性アルツハイマーのような病気で介護が必要になった場合、介護保険を利用できるケースがあります。

被保険者が払う保険料は市区町村によって異なります。「介護は自分の住んでいる地域で受ける」という考え方から、地区町村が主体になるためです。高齢者が多く、介護にかかる費用が多い市区町村は保険料も高くなります。

実際に介護を受けるようになると、かかった費用の1割を本人が負担するだけで済みます。介護を受ける立場の人は、これまで保険料を払ってきたわけですから、当然の権利として介護のサービスを受けることができるのです。

介護が必要になった場合、市区町村に申し込み、認定調査などを行ったうえで、最終的には認定調査会で「要介護度」を判定。受けられるサービスが決まります。

ところが介護保険制度が発足すると、利用する人の数は増えるばかり。社会全体でお世話をするといっても、資金不足が心配になってきました。

そこで厚生労働省は、訪問介護などの費用の算定基準を引き下げました。このため、訪問介護が主体のコムスンなどは、思ったように収益が上がらなくなり不正に走ってしまったという背景があります。

介護保険制度の趣旨は決して間違っていないと思うのですが、介護サービスを提供する会社が経営的に成り立つような仕組みにするにはどう改革したらいいのか、それを考えなくてはなりません。

また、介護報酬の削減による労働条件の悪化、人材不足が深刻です。賃金の低さから、介護士離職率は非常に高いのが現実です。

そこで、日本はアジアからの外国人介護福祉士(まずはフィリピンとインドネシアから)を受け入れることに決めました。しかし、たとえばフィリピンで看護師の資格を持っていても、それでは日本で通用しないのです。日本語を学び、日本の資格試験に受かった人だけに来てもらうという制度です。これでは厳しすぎるように思います。

海外での資格を日本でも使えるようにするとか、研修システムを充実させて高い技術を持っている人をそのまま受け入れるとかするのが、ひとつの案ではないでしょうか。日本で医師や介護士としてやっていくというのであれば、永住権を与えるという方法もあるでしょう。

ただ、これだと労働力不足を解消するにはいいかもしれませんが、将来に社会的摩擦が起きるリスクがあります。難しい問題ですね。