第829冊目 私の財産告白 [単行本] 本多 静六 (著)

私の財産告白

私の財産告白

横井博士はすでに老練熟達の大家で、どこへ行ってもなんら準備することなしに立派な演説をやってのけた。そこで負けん気の私は、ようし、自分はとても、他のことでは容易に横井博士に追いつけぬが、この演説で彼氏を一つへこませてみようと心ひそかに決心したのだった。
そこで同博士がただ簡単な統計や筋道だけを巻紙にかいて登壇するのを逆に、私は詳細完全な原稿をいちいちつくり、それを数回練習したうえ縁談に立つことにした。旅行先でも決してこれを怠らず、しばしば夜の1ー15時の間に、ひそかに宿を抜け出し、海岸や原っぱに出て猛練習をつづけた。そうして、演壇ではいつも、意地わるく横井博士の前席に立ち、満場を大喝采をかっさらうことにつとめた。すぐあとに出る横井博士としてはどうにもやりにくく、ついにときには十分陳べきらないで降壇してしまうことさえあった。本多静六